さて、かれこれ8年ほど前、小さな歯科医院で分院長をしていた時のこと…
お母さんの治療に付き添っていた10歳ぐらいの女の子がいました。ムシ歯はほとんどなかったと記憶してますが、とにかく歯医者さんが怖い。話は普通にしてくれるのですが、いざ診察となると怖さで体が固くなる…そんな感じでした。
私の場合、本人の警戒心が解けない限りほとんど治療をしないので、雑談ばかりをしました。
その中で特に印象的だったのが彼女の公文式の話。
公文の英語教材は一般的にはO教材までなそうですが、彼女は小学高学年の頃にはO教材に進んでいたと記憶しています。それは高校の英語レベル。ご両親も英語教育に力を入れたわけでもなく、幼稚園も小学校も普通のトコロ。ただ、公文式で英語を始めただけだったそうです。
そして、中学に入って受診された時には、研究コースと呼ばれる外語大学レベルの教材まで進んでいました。
そんな彼女が3年ぶりにひょっこり受診してくれたのです!
検診なんてそっちのけで、雑談(ムシ歯は皆無)。
・公文は高校になるまで続けた。 ・今は語学方面で進学し、大学の目標も定まってきた。 ・今は他の言語にも興味がある。 |
小さな頃から知ってる(つもり)の歯医者さんとしては、なんだか”感慨深い”以外に言葉が出ません…。
彼女の才能もさることながら、それを伸ばした親御さんに見出した公文の先生…いろんな人の支持があって今の彼女があるんでしょう。
数年経った今もその道はさらに正しく広がっていて、今や、彼女自身がその道を伸ばしているのを聞いた時、勝手に関心し嬉しくなりました。
才能を見出してくれた人・発揮できる環境・それを評価してくれた人・それらに出会えるタイミング…、全てが重なり手にした人は決して多くはない筈。
自分の子供の頃はどうだったろうか?ふと考えてしまいました。